摩耗による繊維の脱落

(1)摩耗しやすい繊維素材
摩耗損傷事故は、ポリエステルなどの合成繊維よりも綿、絹、獣毛などの天然繊維に発生しやすい傾向があります。また、綿なら長繊維綿、獣毛ならカシミヤなど細く繊細な繊維ほど摩耗損傷事故が発生しやすいといえます。

①綿
綿素材は、コートやブルゾンなど一般にヘビーデューティウェアといわれるラフな使用に耐えなければならない製品に使用されることが多く、またワイシャツやブラウスには極めて薄い生地使いの製品が多いことから摩耗損傷が発生しやすいといえます。
綿素材は、ナチュラルなイメージがあることから、ダメージ加工(ビンテージ加工)が施されることがありますが、これは研磨機や酵素剤、化学薬品による損傷などによって加工されていることから、ダメージが進行しやすく、摩耗損傷しやすいといえます。

綿コートダメージ加工製品の摩耗損傷

②絹
絹は、わが国ではきものの代表的な素材として使用されてきました。そして、きもの文化と共にスレに配慮した着こなしが求められてきました。そのように、絹は摩擦に弱く注意すべき繊細な素材として理解されていましたが、大量の絹が中国から廉価で輸入されるようになって、高級素材のイメージが低くなり、幅広い衣料分野で使用されるようになりました。絹のズボンなど摩擦の多いボトム製品、中綿製品の表地など、従来はなかったような用途に使用されるようになり、絹製品の摩耗損傷事故は増加する傾向にあります。

絹を表地に使用したダウンジャケットの摩耗損傷

③獣毛
広く獣毛(wool)といえば、羊毛も含まれます。繊維の価値は、細く長いということに求められます。このため羊毛は品種改良が進み、化学的にも細くする技術が開発されています。細い繊維ほど摩擦で切れやすいのは当然ですが、羊毛製品の場合、ツイードのように太く撚りの甘い糸を使った生地も多く、摩擦によって毛繊維が脱落し、穴あきなどの損傷にいたることもあります。羊毛以外の獣毛素材では、より細いカシミヤやビキューナなどの獣毛があり、ともに細い上に毛髄が無く柔らかいため摩耗損傷しやすいといえます。

摩擦によって毛繊維が抜け落ち穴あきに至った例

(2)摩耗損傷の発生しやすい部位
摩耗損傷事故は、着用動作によって発生します。このことから人間の関節がある首、肩、肘、手首、腰、膝、足首を確認する必要があります。一個所が摩耗していれば、他の部分も確認しましょう。着用者の生活習慣や右利き、左利きといった要素でも損傷の部位に差異が現れます。平織り以外の生地では、表からの摩擦によって、タテ糸だけが摩耗され、タテ糸が切れることによって横方向に裂けます。

①襟


天然繊維の場合は、首筋の摩擦だけでなく、皮脂の浸透による酸化によって脆化(ぜいか)していることがあります。また、摩耗した繊維は、クリーニング以前は皮脂によって生地構造に張り付いており、洗浄作用によって、摩耗した繊維が汚れと共に脱落することによって、穴あきが現れるということになります。

②肩口


肩口は、腕を動かすたびに力が加えられ、生地が歪みます。特に女性の上着は、袖付けが下方向にあるものが多いので、腕を上げると生地に大きな負担がかかることが多く、鋭角的なシワ山が摩擦されます。

③肘


肘をついたまま作業する人がいます。ワイシャツやブラウスなど薄手の生地では、長期の着用で徐々に繊維が擦り切れてきます。肘部分が摩耗して薄くなっていると、水を吸収して叩き洗いするランドリー工程に耐えられず破れてしまうことになります。右の肘に摩耗があれば左にも必ずと言っていいほど損傷があります。ただし右利きの人は、右が激しく損傷します。写真の例は、裂けていない部分でも、裏から光を当てるとタテ糸が摩耗している状態を示しています

④袖口
人の体で最もよく動かす部分は、腕と足です。このことから、衣類の腕と足の先端部分である裾は、動くたびに接触するすべてのものと摩擦を繰り返すことになります。川の流れが岩を削るように、徐々に細い繊維を切っていくことになり、やがて糸が切れ、生地が損傷することになります。
摩擦によって切れそうになっている糸は、クリーニングよる洗浄工程に耐えられず切れてしまうことになります。また、擦り切れた繊維屑は、織構造からゴミとして除去されるため鮮明な損傷となって現れます。


ワイシャツは、作業着という側面もあることから、カフス部分が摩擦を受けやすい製品です。高価な長繊維綿ほど繊維が細く、摩擦に弱い傾向があります。


特にダウンジャケットなどの中綿素材は、鋭角的なシワ山ができるために、摩擦力が集中しやすく、ナイロンなどの強い生地でも損傷することがあります。


絹のように本来摩擦に弱い繊細な繊維を、ダウンジャケットのような製品の表地に使用すると、繊維が擦り切れやすく、写真のようにクリーニングの洗浄工程に耐えられず、袖口周辺がボロボロになってしまうことがあります。

⑤ジャケットポケット
本来フォーマルなジャケットのポケットは、物を入れるというよりは、飾りの要素が強く、物を入れるとシルエットが崩れてしまいます。しかし、人によっては携帯電話や小銭入れを習慣的に入れてしまう人がいます。この場合、ポケット部分の下辺が膨らんで癖が付いていることが多く、下辺が摩耗損傷している場合があります。


ベルベットなどの起毛素材の場合、裏からの摩擦によってパイルが抜けやすい構造になっています。このため、ポケットに物を入れると、ポケット袋によって表地が裏から摩擦され、パイルが裏から引き抜かれることになります。数本のパイルが抜けると、生地に隙間ができて、洗浄作用で周辺が抜けやすくなります。

⑥ズボンポケット
上着のポケットは、内ポケット以外は、装飾的な意味合いの強いものですが、ズボンのポケットを使用する人は多いといえます。特にゴルフなど、上着を着用しないケースでは、携帯電話や小銭入れ、財布など色々なものがポケットに入れられることになります。


摩耗の激しいポイントは、ポケット口とポケット底辺端。ポケット底辺というのは、ポケットに入れた物の角が当たる部分となり、携帯電話や財布を入れる人は生活習慣的に同じポケットに同じ物を常に入れるために、その部分だけが摩擦されつ付けることになります。特にヒップ・ポケットでは、お尻の丸みで押し付けられる状態になることから、底辺の両角が損傷することになります。洗う以前には、毛羽立ちは目立たなくても、洗うことによって繊維が毛羽立ち、切れた繊維が脱落することによって損傷が目立ちやすくなります。ヨコ糸が消失して、タテ糸が残っているような損傷は、ポケットの内側からの摩擦によって、生地が損傷したことを意味します。
また、生地を平らに置いた時に、ポケット底辺部分の角が立体的に飛び出しているような膨らみの型付きができています。

⑦ズボン内股
ズボンの内股のスレは、体型的に太腿が太く着用時に常に太ももの内側が接触する人に発生します。合成繊維のような強い繊維よりも、摩擦抵抗の高い羊毛や綿などの紡績糸に発生しやすい傾向があります。
クリーニングに出す時点で、破れているケースはほとんど考えられません。摩耗により、内股の生地が薄くなっていて、クリーニングの工程に耐えられず、損耗していた繊維が脱落することによって、処理後に穴あきが発生することになります。


着用ジワが激しい物の場合、体型にあっていないい可能性が高いといえますから、さりげなく、内股に触れて、生地が薄くなっていないかを確認しましょう。

⑧ズボンのシワ山
ズボンの太腿表部分とフクラハギ裏部分には、常にシワが発生します。このシワ山は、常に摩擦され毛羽立ちやすいといえます。アイロンを掛けても取れないシワの線は、繊維の毛羽立ちや摩擦退色の現象です。

⑨ズボンの折り目


ズボンの折り目は、鋭角的なので摩擦されやすいのですが、特に折り目加工の施された製品は、常に鋭角的な状態が保たれているため損傷も進みやすいといえます。折り目加工には、主にシロセット加工という毛髪のパーマネントに似た加工法によるもの、樹脂を折り目にライン状に埋め込んだリントラク加工というものがあります。


モヘヤ繊維が混紡されている生地には、ケンプといわれる硬い毛が混入しているため折れやすく、このことによって折り目がより鋭角的になり、繊維が摩耗して折り目に沿って筋状に損傷します。

⑩ズボン・ロングスカートの裾


ズボンやロングスカートの裾は、直接路面に接することや自転車などに乗る場合摩擦を繰り返すことがあり摩耗損傷しやすい部位です。

⑪上着の肩部分
上着の肩部分で最近増加しているのが、シートベルトによる摩擦損傷です。シートベルトの着用が義務化され硬く摩擦抵抗の高いベルトによるベルベットなどの起毛素材の摩擦などの損傷が目立ちます。
また、男女を問わず、ショルダーバッグによる摩耗損傷も増えています。

(3)織物の構造と摩耗損傷
①三原組織
織物とは、経(タテ)糸と緯(ヨコ)糸を組み合わせた組織のことをいいます。織物の組織は3つの基本組織を用いたものが大部分です。 その代表的なものを三原組織といい、平織、綾織、朱子織の3つです。

平織りは、タテ、ヨコ糸が交互に1本ずつ織り込まれているもっとも簡単な組織ですが、交点が多く丈夫な生地になります。
斜文織は、学生服などに使用されるギャバジンやジーンズのデニム生地が代表的なもので、規則的にタテ糸がヨコ糸を越えて織り込まれているので、斜めに畝ができるのが特徴です。綾織ともいわれます。
朱子織は、サテンに代表される織物で、タテ糸が長く表面に現れることによって、繊維の光沢が強調され柔らかな風合いになります。

②織組織による摩耗の状態の変化
織物の組織によって、摩耗の状態が変わります。三原組織のうち、平織り以外の斜文織と朱子織は、タテ糸が表面に現れる構造になっているため、表からの摩擦ではタテ糸が先に損耗することになります。
例えば斜文織であるジーンズのヒザなどの場合、タテ糸が損耗し、染色されていない白いヨコ糸がスダレ状に残ることになります。

斜文織や朱子織の生地は表面からの摩擦でヨコ糸が残る

ポケットや内側にあるバックルなどによる損耗の場合は、逆に裏側ではヨコ糸が表面に表れているためにヨコ糸が損耗し、タテ糸が残ります。このことによって、損耗事故の原因を推測することができます。

ポケットの内側からの損耗はタテ糸が残る

(4)編み物の構造と摩耗損傷
①ニット製品の構造
ニットとは、一本の糸をループ状に引っかけながら生地を構成するものです。 ニットは「編物」の地、「ジャージー」や「メリヤス」とも言われ、その構造もヨコ編、タテ編という基本的な構造から、平編やリブ編、パール編、変化編と多様な編み構造があります。しかし、どのような構造であれ、タテ糸とヨコ糸を無数に織り込む織物と違って、原則的に1本の糸が絡まりながら生地を構成しているという特徴があります。

平編組織

②編み組織による摩耗の状態の変化
編み物の損傷は、1本の糸で構成されていることから一個所でも切断されると、その影響は動くたびに編み構造が解け、損傷部分が徐々に拡大していくことになります。
一般にニットに使用される糸は、毛糸のように撚りの甘いものが多いために、摩擦によってまず糸構造から繊維が飛び出し毛羽立ちが発生します。これが、毛玉に発展したり、毛切れになったりして、糸が部分的に細くなり、最終的に切れてしまうことになります。また、引っかけなどの事故によって糸の一部が切れている場合、洗浄工程などの機械力によって、糸が切れ穴あきに発展してしまいます。
この原理は、虫害であっても同じで、クリーニング作業前は、糸の一部が虫害によって損傷していても、糸は切れておらず、クリーニング工程によって糸が切れ、納品時には穴あきが発生するということになってしまいます。

 

(5)洗浄による摩耗損傷の露見
①不溶性汚れのために機械力が必要
繊維製品に付着している汚れには、①水溶性汚れ、②油溶性汚れ、③不溶性汚れがあります。またこれらの汚れは互いにまじりあい混在しています。


水溶性汚れは水に溶け、油溶性汚れは溶剤に溶けることによって除去できます。しかし、繊維に絡みついたホコリなどの不溶性の汚れは、揉んだり叩いたりしなければ除去することができません。
このため、洗浄工程ではドラムを回転して、モミやタタキの効果のある機械力を与えなければ、十分に汚れを落とすことができません。
②摩耗していた糸が切れたり脱落
この機械力によって、摩耗して切れそうに細くなっていた糸は切れてしまい、切れていても織構造によって保持されていた糸くずはモミ出されたり、タタキ出されたりすることになります。乾燥機や家庭用洗たく機に付いているリントフィルターには、大量の糸屑や繊維屑が溜まりますが、これらのほとんどは、繊維製品の摩耗によって、洗浄工程に耐えられず脱落したものであるといえます。

 

摩耗した糸は織構造に保持されている       洗浄作用によってホコリなどと一緒に脱落し穴あきになる

リントフィルターには大量の繊維屑が集まる