虫害による繊維の脱落

クリーニングでは、害虫が噛み荒らした繊維屑を洗うことによって落とすという結果から、受付時に目立たなかった穴も、目立ちやすくなってしまいます。また、編み物の場合1本の糸が噛み切られていれば、洗浄作用によって編み糸がほつれて、穴が拡大するということがあります。受付時に、生地の表面が乱れている部分があれば、顧客の了解を得て爪先でほぐしてみる必要があります。

(1)虫食いの特徴
①素材が毛や絹などの蛋白質繊維であること。 ポリエステルなどの合成繊維では、原則的に虫害は発生しません。一部の研究者の報告に、ポリエステルなどの合成繊維でも虫害にあうとしていますが、その試験方法は、油脂成分を付着させた合成繊維だけを入れた容器に、害虫を閉じ込めた状態で行われており、飢えた害虫が油脂成分を食しようとして、合成繊維まで噛み切ってしまうというものです。しかし、実際のクローゼット内の保管状況は、毛繊維製品も混在しているのが一般的であり、タンパク質繊維を嗜好する害虫は、合成繊維よりも毛繊維に向かうといえます。まれに、毛繊維と混用されていり、害虫の好む汚れが付着している場合に合成繊維でも損傷することがあります。

②繊維が食べられてしまうことから、繊維が消失していること。

③芯地が毛繊維でない場合は、被害が芯地にまで及んでいないこと。薬品による損傷の場合は、芯地まで浸透して変色等の影響を与えます。

④繊維の消失が不規則に発生していること(鋏などで切り取った場合は繊維の切断面が規則的に並ぶ)。

⑤顕微鏡で観察すると、噛み切ったスプーン状の歯型が見られること。繊維は、外力によって切断される場合、最もエネルギー量の少なくて済む(切断面が小さい)真横に切れることが多いといえます。虫害による場合は、齧り取るということから、切断面は変則的(ギザギザの形)であったり、スプーンでしゃくったように斜め曲線にえぐり取られたような断面になります。ミクロレベルの刃こぼれがあるハサミなどで切断した場合も、変則的な切断面になりますが、えぐられた形状になることはありません。微細な繊維を斜めに切断するためには、意図的な力が必要とされます。

電子顕微鏡による虫害の毛繊維切断面

光学顕微鏡による虫害の毛繊維切断面

(2)生地構造による虫害の現象
虫食いといっても、生地の構造や素材によって色々な形状になって現れます。

①羊毛を含む獣毛100%織物の場合
ウール100%の生地の場合、虫はタテ糸もヨコ糸も均等に食害しますから、はっきりとした傷あるいは穴あきになります。


貫通した穴あきにならず、浅く食害した場合は、ひっかき傷のような損傷状態に見えることもあります。


また、毛羽の長い起毛された生地の場合、表面の起毛されている繊維部分だけを、食害することも多く、これは「虫ナメ」と俗に呼ばれています。害虫は食べやすい部分を優先的に食べています。

②異素材混用製品の虫害の現象
前述のように、害虫は栄養分の摂取を目的として食害活動をしますから、栄養となる動物性蛋白質以外は原則として食害しません。混紡製品の場合には同じ糸の中のウール繊維だけを好んで食害することから、穴あきになることなく、生地の一部が変化したような損傷の現象になります。また、違う色に染められたものの場合は、一方の色が消失しますから変色あるいはシミのように見えることがあります。下の写真の場合、ウールの白い繊維が食害され、黒いポリエステル繊維だけが残って、黒いシミがついたように見えます。


縦横の糸が異素材の場合、一方だけが食害されスダレ状になります。

③ニット製品の虫害


ウールニットの穴開きは、糸が切れていなくても、傷ついているだけで発生してしまいます。それは、クリーニング工程では、不溶性の汚れを叩き出すための回転機械力が、編み糸に負荷をかけ、引き千切ってしまうからです。
編み構造は、織構造と違って一本の糸が互いに絡み合う構造になっているため、1個所でも切れると、力を加えるたびに穴あきが、どこまでも拡大していくことになります。

(3)獣毛以外の虫害
①綿などの植物系繊維
一般に虫害といえば、羊毛やカシミヤなどのタンパク質繊維が被害にあいやすいのですが、イガやコイガの幼虫は、乾燥しているものには、何にでも噛みつくという性質があり、綿や麻繊維でも被害にあうことがあります。イガやコイガの幼虫は、噛み切った繊維を綴り合わせて筒状の巣を作りますから、カツオブシムシ類の食害に比較して、噛み散らかしたような形状になります。

②合成繊維
皮脂や食べこぼしなどのアミノ酸系統の汚れが付いていたり、羊毛などと混紡されている場合、本来食害しないはずの合成繊維でも、被害にあうことがあります。写真は、毛とポリエステル混紡糸を食害するにあたって、ポリエステル繊維にタメライガミをした痕だと見られます。

(4)防虫剤の種類と注意点
防虫剤には臭いのある有臭防虫剤として、古くから使用されていた樟脳(楠の樹液から精製した植物由来薬品)、パラゾール(商標:白元)などのパラジクロルベンゼン、ネオパース(商標:エステー化学)などのナフタリンと、ゴン(商標:大日本除虫菊)に代表される臭いのしないエムペトリン(ピレスロイド系)の無臭防虫剤があります。
有臭防虫剤の異なる種類を組み合わせると、化学反応を起こし液化してシミになります。パラジクロルベンゼンは、スチロールなどの合成樹脂製品を溶解したりラメの金属を酸化させて光沢を消失させたりすることかありますので、保管する対象に応じた選定が必要です。
エンペドリンは、無臭なので衣類に臭いがつくということが無く、比較的幅広い対象に使用できますが、臭いがしないことから、効力が消失したことに気付きにくいという欠点があります。
それぞれの防虫剤の特徴については、下記の表を参照してください。

(5)虫害の受付での確認
虫害は、受付時に確認することの困難な事故です。その理由は以下の通りです。
①虫害があっても、繊維屑が残っているため穴あきに見えない。洗浄作用によって、切られた繊維が脱落して損傷が鮮明に現れる。

②受付時には、糸が切れるほどの虫害ではないが、洗浄作用によって、細くなっていた糸が切れるという現象がある。

③繊維混用製品の場合、毛繊維だけが損傷しているため、穴あきに見えずシミと誤解することがある。
受付に、洋服ブラシを用意しておき、生地表面に繊維の乱れなどの異常がみられたら、その部分をブラッシングして繊維屑を除去して確認するようにしたい。