品質保証と消費者クレーム

繊維製品の品質とは、「消費耐久性」「機能性」「安全性」「公正性」などの一次品質と「官能性」の二次品質に大きく分けることができる。このうち官能性品質は、自己表現や異性へのアトラクションなどのための個人の感性に依存するもので、審美性(デザイン性)、新奇性、風合いなどによって企画され、消費者は、購入時点でその品質を主観的に評価し満足させることができる。このため、商品提供者が行うべき品質保証の対象となるものは、消費者が購買時点で官能的に判断・評価できない一次品質の分野に限定することができる。

1.品質保証の定義と法的責任
消費者は、社会通念(多分に相対的であるが)をもとに購買した商品に対して、明示あるいは黙示された品質を要求し期待する。この要求及び期待が損なわれたとき、その商品を提供する生産者、輸入業者、販売者に対しての不信を持ち、購買意欲が損なわれ、場合によってはクレームとなり、補償の要求へと発展する。この相対的な社会通念に対し、商品提供者が一定の品質の在り方を示し、これを保証することによって、消費者が購買する商品に対する満足を求めると同時に品質要求の限界を示すことにもなる。
かつて「品質保証」について日本工業規格(JIS)『品質管理用語』では、「消費者の要求する品質が完全に満たされていることを保証するために、生産者が行う品質保証の体系的活動」と定義されていたが、現実的に「永久に劣化しない素材」「永久に退色しない染色」などという「消費者の要求する品質」が「完全に満たされていることを保証」することなどできるはずもない。国際標準化機構(ISO)『品質用語』では、「製品またはサービスが、所与の品質要求を満たしていることの妥当な信頼感を与えるために必要な計画及び体系的活動のすべて」と定義されている。この定義の方がより現実的なものと考えられる。いずれにしても、品質保証とは「体系的な活動」でなければならない。

2.消費者意識と品質保証の法的責任
消費者の品質に対する要求は、時代、流行、個々人の感性によって大きく変動するものである。かつて、ジーンズの染色堅牢性がクレームの対象となったが、摩擦堅牢度の弱さがファッションと結びつき、逆にストーンウォッシュなどの加工を推進させた。また、昭和50年代中頃に起きた「麻ブーム」の際には、百貨店に対する「シワになる」というクレームが激増し、日本百貨店協会は200万部に及ぶ『CC注意報』という啓蒙パンフレットの発行で対応せざるを得なかった。
わが国の消費者の繊維製品に対する品質要求の社会通念には、多分に昭和40年代に形成されたポリエステルブームによる影響が、今日も尚続いているといえる。ポリエステル製品の染色堅牢性、形態保持性、菌や害虫、薬品に対する耐久性などである。このような時代性によって形成された社会通念に対し、1990年以降急激に供給拡大したカシミヤ等天然素材やポリウレタン等樹脂加工などの官能的品質や機能的品質の優位性と消費耐久品質の限界という普遍的な相関性を消費者に示し啓蒙する必要がある。
品質保証の限界と消費者の自己管理責任の明確化なくして、品質保証のための体系的活動の設計は困難である。だからといって不当に低い品質水準は、民法第415条「債務不履行責任」に問われることになり、また商品に欠陥があれば民法第570条の「瑕疵担保責任」を追及されることになる。これらによって不法行為とされた場合民法第709条によって、「損害賠償責任」が発生することになる。

3.体系的活動
品質保証のためには、企画・設計から販売・サービスに至るアパレル・流通における一貫した体制が必要であることはもちろん、商業クリーニング・家庭洗濯・保管に至る消費現場にまでその体制は及ぶ必要がある。この考え方から、消費者クレームへの対応もまた品質保証活動の一環となる。
商品の企画・生産にあたっては、個々の企画に対する品質要求度を調査し、品質要求項目を設定する。これらを基に品質基準を策定し、品質検査を実施しデータを作成・保管する。染色堅牢度などJIS試験によるものは、素材に対する評価であるが、品質保証にあたっては、常に立体の製品としての品質が保証される必要があるため、素材の組み合わせ、加工、縫製、保管、流通などの複合的な条件下での品質管理活動が要求されることになる。
商品生産のプロセスとしては、企画―設計―試作―量産試作―流通―販売・サービスなどがあるが、生産の最終的な段階である販売時点においては、販売員による品質面でのアドバイスなど販売員教育の必要も発生する。また、消費のプロセスとしては、着用―商業クリーニング・家庭洗濯―保管となるが、これらのプロセスは数シーズンに亘って反復され、数倍の負荷が要求されることを想定しておく必要がある。
廃棄にあたっては、ダイオキシンなどの有害物質を発生させないこと、リサイクルが可能なことなどの環境問題への対応も、品質要求項目の一部に含まれる傾向がある。

4.品質保証とクレームの因果関係
(1)消費耐久性
クレームの多くは、染色堅牢度、伸縮、物性などの消費耐久性に起因する。これは、製造・販売時の審美性などの官能性品質が、着用運動、日光、生理分泌物、雨などの着用疲労に耐え、商業クリーニング・家庭洗濯に耐え、またその反復に一定期間継続的に耐えることが期待されるからである。
例えば、ポリ塩化ビニール可塑剤の溶出、顔料プリントバインダーの溶解など一過的な試験で石油系ドライ溶剤に耐えられたとしても、その反復という条件を考えれば、石油系ドライクリーニング表示は現実的な品質保持の保証とはなりえないといった、規格試験の範囲を超えた生活実感に立脚したものでなければならない。
(2)機能性
ストレッチ製、はっ水性、防水性、抗菌性などの機能や、スキーウェアやゴルフウェアなど特定の使用目的に対応した製品については、その機能品質が継続的に保証されなければならない。加水分解するポリウレタンコーティングを雪との接触を条件とするスキーウェアに使用したり、大量の汗と日光に晒されることを条件とするゴルフウェアに汗耐光性能の低い染色を施したりするなどは、衣料品の機能とのミスマッチとしてクレームを誘引することになる。
(3)安全性
有害物質、針などの混入、ファイヤーフラッシュ、アレルゲン物質など人体や資産に影響するトラブルは、製造物責任法(PL法)の対象となり、衣料品は人体に被害を与えないという黙示の品質保証に背くことになる。
(4)公正性
品質保証には、広義には商標(ブランド)やカシミヤ等の高価な素材、信頼される生産国などの表示も含まれる。不正な組成表示、消費者の誤認を招く用語の使用、有名商標に意図的に似せた表示など、明らかに消費者クレームとなるべき要素は排除されなければならない。
5.品質保証の経時性と消費者クレーム
現在、家庭用品としての繊維製品には、使用期限というものが明示されていない。品質保証の期間が設定されていないことが、往々にしてクレームの原因となることがある。
製品の品質保証には、基本性能のほかに消費者の維持管理能力も要求される。品質保証をどのような条件下で設定するかということについて、未だ十分に議論されていない。永久に変わらぬ審美性というものが存在しない限り、品質保証の期間にも限りがなければならない。これに関連して、ポリウレタン樹脂コーティングの経時劣化に関する表示が検討されているが、10年前に購入したポリウレタン樹脂コーティング製品の剥離現象について、賠償を求める消費者クレームも後を絶たない。多くの場合、商業クリーニングが最終的な経時劣化の顕在化作業の役回りとなり、結果としてクリーニング苦情となる場合が多い。欧米の商業クリーニング業者は、これらの経時劣化についてコンセント・フォーム(承諾書)を用意して対応しているが、繊維製品関係業界全体の問題として、品質保証と共に経時劣化と維持管理に関する消費者啓蒙活動を行う必要がある。

 

●消費者クレーム事例

1.メーカー表示ミスによるクリーニング事故の誘発
塩化ビニールコーティングによる裁ち始末なのに水洗い禁止・ドライ

ワンピースの裾を裁ちっぱなしにし、裾の始末にポリ塩化ビニルをコーティングしてある。しかも、本体はポリエステル100%であり、構造的に見ても水洗いに耐えられないとは考えられない。ドライクリーニングを石油系としたにしても、ポリ塩化ビニルの可塑剤は、溶剤によっていずれ溶出することは、現実問題といえる。「水洗い禁止」「石油系ドライ可」の表示は裾の硬化を誘発するためにつけられているとしかいいようがない。

2.組成表示に現れないアクセサリー素材の不整合
ポリプロピレンのモールを全体にキルティング

メーカーもこのブルゾンに使われたモールの素材については認識がなかったという。
デザイン的にはこのモールが、この製品の魅力を決定づけているのだが、身頃の組成であるナイロン60%、ポリエステル40%以外には、付属品としてのモールの組成は表示されていない。水洗い不可、石油系ドライ可という表示に従いドライクリーニングしたところ、モールの収縮が起こった。これは、本体生地とモールとの熱収縮性能の誤差によるものと考えられた。
このモールは、試験によって、ポリプロピレンであることがわかった。
現在最終案が出されているISO-3175では、実用ドライ機による製品試験が、絵表示の根拠とされている。ISOでの実用ドライ機とは、洗浄からタンブル乾燥までを一貫して行う、いわゆるホットマシンを前提としている。環境問題などから、ドライクリーニング工程における自然乾燥という発想は無い。このことから、ドライ可とする場合は、タンブル乾燥を前提とするべきである。ISO表示における「タンブル乾燥禁止」があるが、この場合のタンブラーは、家庭用乾燥機のことでる。

3.原反の時点で歪んでいる麻素材
糊で整形されていた生地が洗濯によって本来の構造に戻る

麻のざっくりとした織物による上着の右前身頃が、初めての洗濯によって、右下方向に大きく伸びてしまった。
この製品は、極めて粗い織り構造になっており、また素材は麻95%、ナイロン5%の組合せである。前身頃裾部分の縫製を見ると、タテ糸、ヨコ糸ともに、裁ち線から平行ではなく、タテ糸では下に行くに従い、ヨコ糸では右に行くに従って目数が増えている。これは、原反の糊つけ時点で歪みが生じたものを、そのまま整形された状態のまま裁断縫製したもの。洗濯によって、本来の歪みが復元された。
購入時点でも、裾の地の目のズレを確認できたものと思われるが、消費者は社会通念として暗黙の内に、耐洗濯性はあるものと認識しており、メーカーの担保責任が求められるケースといえる。

4.ドライ溶剤によって溶解するスチロール素材が混入
スキーウェアの留め具が溶解し色移りした

ドライクリーニングによって、スキージャケットに、黒い円状のシミが多数発生した。
付属品である留め具を見ると、一部が溶解していた。まず、留め具の筒状の外側部分に、テトラクロロエチレンをつけて反応を見たところ、溶解は見られなかった。不信に思い、留め具全体をテトラクロロエチレンを入れた試験管に漬け込んだところ、一気に溶剤が黒くなり、溶解したことが分かった。試験管から取り出したところ、筒状の外側部分に変化は無く、バネによって上下する内側の筒状部分だけが溶解していることが分かった。同一の素材で構成されていると思われた留め具の素材に、一部スチロール樹脂が使用されていたことによる事故である。
過去に通産省通達によって、繊維製品へのスチロールボタンの使用は禁止されたが、海外での生産に頼る今日、付属品などの調達は現地任せになることが多い。海外生産拠点での適切な試験が望まれる。