テキスタイルケア産業創業への扉は開いた

規制改革告知

政府に対するクリーニング業法規制に関する照会

住連木 政司

一般社団法人日本テキスタイルケア協会 代表理事

1.なぜ政府に新業態の確認を求めたのか

 私は、本年(2015年)729日付で、「規制について規定する法律及び法律に基づく命令の規定に関する照会書」というものを、事業所管大臣とする経済産業大臣に提出しました。この照会書は、同大臣の認可を受け、規制所管に当たる厚生労働大臣に提出され、経済産業省産業構造課及び繊維課と厚生労働省生活衛生課との折衝によって、同828日付で、厚生労働大臣塩崎恭久、経済産業大臣宮沢洋一(当時)両大臣人捺印による回答書を受け取りました。

また、この回答書を元に、経済産業省では、同省のインターネットホームページ上のニュースリリースとして、「繊維製品の品質維持・元技法に係る取扱いが明確になりました」という見出しで公表しました。

 ここでは、「照会のあった技法ついて、製品の品質維持のための衣服整形仕上げ、製品元のための染色、しみ抜き等の工程は『洗たく物の処』に含まず、クリーニング業法第2条の『クリーニング業』には該当しないことが確認されました。

これにより、業務用の機械として、洗たく機及び脱水機の設置等の衛生措置等の要否及び適否が明確化されるため、日本におけるアパレル産業の振興と、製品等に合ったケアが可能となり、自由なデザイン表現による製品作りに貢献することが込まれます。」とされました。

 この回答書によって、1950年のクリーニング業法施行以来、不明確であった消費者が着用する服飾製品の整形仕上げや色彩にかかわる施術行為が、明確にクリーニング業法の適用を受けない事業として認められたことになります。

 私が、政府に対してクリーニング業法による規制改革を求めたのは、クリーニング業者の中に繊維や染色加工の知識を習得し、またこれを元にした技術を研鑽する事業者がおり、この利用を望む消費者利益のために、生活衛生業としてのクリーニング業との区別化を実現するためでした。

 http://www.meti.go.jp/press/2015/09/20150914003/20150914003.html

 私は、1975年以来クリーニングと繊維製品の品質との相関について取材執筆してきました。1980年代以降は、特にクリーニングトラブルが増加してきたことに着目し、その原因が、消費者の繊維知識の不足と新素材や加工によるファッションの多様化によるものであると考えるようになりました。このためには、アパレルメーカー、クリーニング、消費者の情報交流の基盤作りが必要であるということから、1984年には生活情報紙『ジ・アフタ』を創刊し、全国のクリーニング店から毎月50万部を配布するというマスメディアを作り上げました。

衣生活情報紙『ジ・アフタ』

『ジ・アフタ』の題号は、アフターケアという意味ではなく、購入を誘導する広告スポンサーに支えられた一般マスコミの生活に取り込む以前の情報を「ビフォア」、購入以後の実生活の情報を「アフタ」としたことによるものでした。

 創刊当時の取材姿勢は、「クリーニングに適さない衣料は、社会性のないものであって、クリーニング原理に即した製品作りが必要である」といったものでした。この考え方に基づいて編集した同紙は、テレビ朝日の『ニュースステーション』という報道番組でも取り上げられ、当時のキャスターの久米宏氏が「ファッションゾンビとはすごい見出しですね」などと発言し話題となりました。

1988年以降は、繊維製品品質管理士という資格を得たことを機会に繊維素材や加工に関して情報収集するようになり、クリーニング事故についても、研究機関のご指導をいただきながら、自らも実体顕微鏡などの研究機器や試験薬品などを使って事故解析を行い、執筆・報道するようになりました。

ファッション動向にも興味を持ち、素材や加工の変遷の情報を得るうちに、私には疑問が起こりました。「現代ファッションは、石油由来の樹脂素材や加工といった科学技術を積極的に取り入れ、人類の幸福感の充足に貢献しているのに、なぜ、クリーニング産業は有史以来の水洗いと19世紀に発明されたドライクリーニング原理だけでこれに対応しているのだろうか」という疑問です。しかも、現在のクリーニング業態が形成されたのは1960年代であり、私が知る限り、現在でもその作業工程と事業概念は何ら変化していないということです。現代の最大生産量繊維となったポリエステルを始めとして、ボンディング、ラミネート、コーティング、顔料バインダーなど、多様なファッションデザインに石油由来素材や加工は極めて重要なものとなっているのに、石油系溶剤など有機溶剤など、明らかに化学樹脂素材にケミカルアタックが想定されるべき溶媒によるドライクリーニングに頼り、クリーニング事故が発生したら、クリーニング不適正品という主張をする産業の在り方は、ファッション文化振興の障害となるだけではなく、人類の着飾る幸福まで阻害するものなのではないかと考えるようになりました。

また、クリーニング事業者の中にも、共感する人々が現れ、熱心に繊維知識や加工について研修し、これに対応する技術を開発するようになりました。しかし、クリーニング業法に定められているものは、あくまでも洗濯による衣類の衛生処理であり、厚生労働省生活衛生課が考えるクリーニング業の社会性は、「家事代行業」という概念でした。家事労働で解決できる作業を、専門業者に委託するという産業であれば、当然低料金が消費者利益となり、そこに、高度な専門技術の評価されるべきステージは存在しないことになってしまいます。また、家庭洗濯技術のイノベーションが進行すれば、相当の部分の需要は社会的必要性を失うことになると考えられます。

 事実、バブル経済以降、GDPの成長率は伸び悩んだにしろ、成長はある程度維持されたにもかかわらず、クリーニング総需要は減少の一途をたどり、1992年に約8,200億円であったものが、近年では3,800億円程度に落ち込み、尚回復の兆しは見えないという状況にあります。これは、消費者がそれまでバブル経済の中で、安穏と洗濯家事を外注してきたことを、バブル崩壊後に多くの消費者が自分でできることは自分でするべきであるということに「気づいた」とも言えると思います。それは、一に、クリーニング業法に基づく行政の事業概念とそれによって培われた消費者のクリーニング業観にあると言えるでしょう。

 いかに研修を重ね、技術を磨いたとしても、このままでは単に研究原価や工場原価を拡大させるだけで、家事代行的クリーニング業界の価格競争の中で敗残者として退けられてしまうことになりかねないと考えました。

 クリーニング業法を読み込めば、品質のためとして研修するテーラーの整形仕上げや染色技能者の色掛けなどは明らかにクリーニング作業とはいえないのではないかということに着目し、「生活衛生を目的とするクリーニング業」とは区別して「繊維製品のデザイン性を復元するテキスタイルケア業」という新産業分野を創造する必要があるという考えに到達したのです。

 この考えに基づいて、政府が進める規制改革にその答えを求めることにしました。

 

2.政府への照会書

この照会書は、アベノミックス第3の矢の一環として平成26年1月に施行された産業競争力強化法第9条に基づいて作成したものです。

この照会は以下の手続きを経て実施されました。①事業者(一般社団法人日本テキスタイルケア協会)が、事業計画に即して、規制の適用の有無を照会。②事業所管大臣(経済産業大臣)を通じ、規制所管大臣(厚生労働大臣)に確認を求める。③規制所管大臣から回答を得る。

【照会書本文抜粋】(全文ではありません)

産業競争力強化法第9条第1項の規定に基づき、実施しようとする新事業活動又はこれに関連する事業活動に関する規制について規定する下記4.に掲げる法令の規定の解釈又は当該新事業活動若しくはこれに関連する事業活動に対する当該規定の適用の有無について、確認を求めます。

1 業活動及びこれに関連する事業活動の目標

1)新事業目標について

戦後、洋服は普段着やビジネスウェアなどの実用的な衣類がほとんどであり、当該衣類の管理については、衛生的な品質維持が主たる目的であったが、社会経済高度成長期以降、欧米のラグジュアリーブランドと呼ばれる高級ファッションが流入し、1980年代以降、ファッションはデザイン、素材、加工において多様化を極めている。

また、素材面では絹やカシミヤなどの高級天然繊維の他、化学合成樹脂や金属などを多用するものとなり、加工面ではコーティング、ラミネート、化学合成樹脂接着(ボンディング)など化学工業の発達に伴い未知の前衛的なものがデザイナーなどの感性によって幅広く採用され続けており、この多様化は今後も拡大する傾向にある。

こうした新たな素材を活用したデザイン性・芸術性の高い服飾製品に対して、本事業(復元・維持サービス(以下「テキスタイルケア」という。)を提供・定着させることで、我が国におけるアパレル・繊維産業の高付加価値化の実現を目的とする。

2)生産性の向上又は新たな需要獲得の見込み  

テキスタイルケアは、現代社会におけるファッションの多様化に対応した、デザイン性・芸術性の高い服飾製品向けの品質維持・復元サービスである。今後、衛生のみを目的としたクリーニング業とは一線を画したサービス業として、市場展開していくことが十分に可能と考えている。

2.新事業活動及びこれに関連する事業活動の内容

1)事業内容の要約

 衛生を目的としたクリーニング業務とは異なる、繊維産業の振興の観点から、服飾製品のデザイン性・機能性の維持を目的として、個々の製品性に対応した復元技術等を活用した新たなサービス提供の実現

2)具体的な事業スキーム、サービス内容

○事業スキームについて

 

○各事業サービスについて

 ①衣服整形仕上げサービス

 プリーツ加工や立体構造などの成形デザインされた繊維製品は着用の疲労によって変形する。本サービスは、熱可塑性などの繊維や樹脂素材の性質を応用して、本来の形状に復元するもの。

A-1:プリーツ加工の復元の意義】

生地に細かい折り目やヒダを付けて立体的な装飾を施したものがある。この折り目やヒダにはシャープで鋭角的なものやソフトなもの、その形状も均一なものや不規則なものなど多様な加工がなされて個性的な表現を見せている。このような加工は、着用やクリーニングによって、本来の生地の形状である平面に戻ろうとする。これらの加工が施された衣類の形状を維持するためには、本来の形状を推測してこれを復元する必要がある。

【写真1】

 【A-2:作業工程】

具体的な作業としては、写真1右上部のように消失したプリーツの痕跡から、折り目部分とみられるポイントを確認しながら、ピンなどで固定していき、復元すべきラインを手アイロンの先端部分などで造形していく。写真の事例はランダムプリーツと呼ばれる不規則な折り幅のものであることから、この造形作業は1本1本のラインの復元によって行われる。

また作業終了後は、着用中などに構造が変化することを防止するために、それぞれの繊維素材の性質に応じた樹脂や薬品による形状安定加工がおこなわれる。

B-1:立体形状の復元の意義】

繊維素材からなる衣類は本来平面な生地を裁断縫製して作られるが、立体的な身体形状に沿った作りにするため、裁断後の布地を部分的にアイロンで伸ばしたり縮めたりして形を作り縫製している。着用や洗浄などにより布地は元の平面に戻ろうとする。その結果、襟や裾が反りかえるなどの変形が生じたり、着心地の悪い状況になったりする。このような洋服の構造に由来する不具合は「しわを伸ばす、平にする」といった通常のアイロン作業では、本来縮めるべきところを伸ばしてしまうなど立体的な形状をかえって損ないかねない。そのため、着用者の体型の他、洋服の構造や布地の特性を理解し整形を行えるだけの知識と技術とを要する。

 B-2:作業工程】

クリーニングでは、シワを伸ばすことによって、平面的に仕上げる。しかし、整形では、馬と呼ばれる立体形状を持つ台を衣類の部位ごとに選択して使用する(画像右)。馬の曲線に合わせて、生地や芯地を蒸気アイロンによって整形することにより、人体の立体的な凹凸などの立体を復元することによって、肩やウエストのラインを人体にフィットした形状にする。

※そもそもオーダー紳士服は、製造時においてこの技術によって製品化されている。

 ②衣服染色サービス  染色はその表現目的によって、堅牢度が異なり、鮮明な色ほど退色しやすい傾向にある。本サービスは、汗や日光による退色、家庭用薬品による脱色などによって染色が落ちた部分に、それぞれの繊維に合わせた染料や顔料を用いて再染色を施すことによって服飾品本来の色彩を維持するもの。

【本サービスの意義】

衣類は染料もしくは顔料で着色されているが、退色にしても脱色にしても真っ白に色が抜けてしまうことはほとんどない。着色料の質にもよるが、通常染着力の弱い順に「青」→「赤」→「黄」といわれ、黒い色の衣類が日焼けなどした時にオレンジ色に変色したように見えるのは、一番弱い青が壊れ残りの赤と黄が強く発色しているように見えるためである。ここに、黒い染料を上から塗るのではなく、正常部分と比較しながら青、赤などの染料で調整する必要がある。そのため、染色サービスでは壊れた色の割合を推し量り、色を修正する技術が必要となり、華やかな衣類等の維持管理には重要。

【作業工程】

薬品が部分的に飛び散った際の脱色などは多くの場合、筆を用いて色を修正していく。日焼けなどで広範囲、グラデーション的に退色したような場合はエアブラシや刷毛などを用いてなだらかに色付けを行う。製品の生地への部分染めでは、余剰染料が染みだすため、必ずこれを除去しなければならない。

※部分ごとに染色サービスを施すと費用が膨大になるような場合は、濃い色(黒)などに全体を染め直す染め替えという手法や、一度全体的に抜染(色抜き)をほどこし、好みの色に染め直す丸染めという手法も行うこととする。

 また、衣類には樹脂材を使用した絵柄や合成皮革調の部分的な加工が施されているものがあり、これらの劣化部分に対しても、樹脂に顔料による着色剤を配合した材料を用いて、その形状を復元する。 復元に当たっては、本来の質感や光沢を推測したイメージを元に、アクリル樹脂などを調合し復元すべき色調を顔料の配合で用意する。これを、筆などによって、修復部分に塗りながら形状を整える。

③バキューム式メンテナンスサービス

 本サービスは、繊維製品をネットでカバーして固定し、洗剤水溶液を高速噴射しながら、瞬時にバキューム脱水して、繊維製品のメンテナンスを実施。本手法により、親水性素材の変形を防ぎ、ラインストーンやスパンコールなどの装飾品を傷つけることなく工芸性の高い各ファッション衣類の長期的な維持・保全を実現することを可能にするもの。

 【本サービスの意義】 

衣類の商業クリーニングにおいては、洗浄効率を求め、洗浄器内で丸ごと洗浄する方式である。そのため、衣類全体に機械力がかかる。このため部位によって変形や副素材の破損等のトラブルが生じ得る。装飾性の高い服飾製品は、一般に全体が汚れるほど着用される状態にないことから、全体に機械力をかけず、部分ごとに洗浄するためにバキューム式のメンテナンスサービスを提供するものである。

 汚染除去には対象部分に洗剤水溶液を噴射しながら、同時にバキュームで汚染ごと吸い取る。

これらのサービスは②の衣服染色サービスにおいて、水による洗浄の困難な衣類の余剰染料を除去する際にも有効である。

【作業工程】

 作業専用台に衣類を固定し、汚れの状況や繊維に応じた洗浄剤水溶液を噴霧。その後水溶液を用いたバキューム式のメンテナンス(汚れの一部除去)しながらすすぐ。乾燥においては基本的には自然乾燥を施す。

【事業の全体の流れについて】

 ①服飾製品のデザイン性・機能性の維持を目的として、衛生維持を目的とするクリーニング業とは別の選択肢として、テキスタイルケアサービスを消費者に提供。

②新事業を実施する場所においては、洗濯に関する作業は行わず、仮にテキスタイルケアを実施する前後に洗濯作業が必要である場合には、当該作業は、クリーニング事業者に委託するスキームとする。

 ③その他、テキスタイルケアを活用しながら、服飾製品の製造・販売事業者とともに、服飾製品の共同研究、試験、技術開発を行い、繊維・アパレル製造産業の商品開発のサポートを実施する。

3)事業実施主体

 一般社団法人テキスタイルケア協会会員事業者のうち、服飾製品のケアを事業化する技術と知識を有する者。

3. 新事業活動及びこれに関連する事業活動の実施時期

照会書の回答を得次第、国内各地にて各加盟事業者が順次開始予定。

4. 解釈及び適用の有無の確認を求める法令の条項等

(略―クリーニング業法第1条~第3条)

5. 具体的な確認事項  

確認事項:事業スキーム①について

・本照会書2.に記述したテキスタイルケアサービス①~③について、 

 ○衛生処理を目的としておらず、服飾製品の復元・維持を目的として、工芸性の高い洋服類のケアに適した技術と機器を用い、そのデザイン品質を維持・復元する手作業による事業であること。

 ○2.②における色抜き及び3.③の一部の汚れに対するバキューム式メンテナンスは、クリー

ニング業法における原型のままの洗浄には当たらないこと。

 ○本サービスにおいて用いる機器は、工芸性復元を目的として使用するものであること。

 ○本サービスの実施事業者は、洗濯に関する作業を行わないこと(2.の【事業区分】・【事業の全体の流れ】のとおりクリーニング業者が別途対応)。

 ○本サービスにおける全ての処理は、個々の服飾製品の特性に応じて1点ずつの処理となる

ため、他人との衣類の混在はなく衛生上問題がないこと。

 である点を踏まえ、業目的、業内容ともに、クリーニング業法に規定する「クリーニング業」に該当しないと考えるが、その該当性について確認したい。

クリーニング業に該当すると判断されるサービスがあった場合、その理由及び法的根拠もあわせて示されたい。

 

6.その他

   とくになし