連載:ミルト&マイケル成功の軌跡 Ⅰ.M&M誕生編

私は1998年に『ミルト&マイケル販売促進戦略』という書籍を出版し、補修とクリーニングとの深い関連性について、ある程度の理解を得てもらうことができたと思っています。その後、多くのクリーニング店で「クリーニング&リフォーム」(英語でリフォームといっても衣類の補修という意味にはなりません。一般にはalteration=オルタレーションまたはrepair=リペア)という看板を見るようになりました。ただ、この現象が「クリーニング需要が落ち込んだことから、衣類関連のアフターケアであるリフォーム業を取り込んだ」ということであっては、なんら業態転換の本質に迫るものではないといえます。

ここに、単なる「汚れ落とし」としての「クリーニング」ではなく、世界が今業態改革を目指している「テキスタイルケア」(Textile Care)業態の原点あります。クリーニングの対象となる「汚れ」も繊維製品の購入後のダメージですが、「シミ」「ホツレ」「破れ」「虫食い」「退色」「毛羽立ち」「毛玉発生」なども当然のことながらダメージです。テキスタイルケアとは、これらの繊維製品の購入後のダメージをケア、回復させる事業であるということなのです。

M.チョートコフ氏が長年の一般的な形態のクリーニング業経営の後、「理想の店」としてそのノーハウを注力し、創業したミルト&マイケル社(現ミルト&エディ社)は、米国ロサンゼルス郊外のバーバンクに所在する建坪130坪のパッケージプラントですが、この店が単独店舗ながら、年商500万ドル(約4億円)を達成し、消費者の熱烈な支持を獲得しました。この成功の陰には、7人ものテーラーを抱えるテキスタイルケア業としての革命的な新業態への発想、徹底した顧客至上主義から導き出された販売促進戦略とがありました。

このM&Mの成功の秘密を、これから「M&M誕生編」「接客編」「アルタレーション編」「販売促進編」「店舗哲学の演出編」の5部に分けてご紹介していきましょう。

 

筆者(左)とミルトン・チョートコフ氏(右)

Ⅰ.M&M誕生編

1.業引退と理想への執念

1946年チョートコフ氏は初めてクリーニング業を開業した

  M&M(1998年取材当時ミルト&マイケル社、現ミルト&エディ社)のオーナーであるミルトン・チョートコフ氏は、かつてロサンゼルス郊外で、自ら創業し後に、ナンバーワンクリーニング店として一世を風靡したクリーニング企業ハリー・ウェー社のオーナーでもありました。同氏は、この盛業中のハリー・ウェー社を売却して引退しました。アメリカではよくあることですが、お嬢さん2人だけで後継者不在ということもその理由の一つだったようです。

しかしながら、チョートコフ氏にとっては、多少のクリーニング業への心残りがありました。それは、「理想の実現」ということでした。どうしても、たたき上げでクリーニング事業を推進してきた課程では、ゆとりを持って根本から理想の店を創り上げるということは困難であったわけで、そのことが引退後も残念に感じていました。

そんな折り、娘婿であるマイケル氏がクリーニング業に関心を持っていることを知ったチョートコフ氏は、マイケル氏と自分自身の理想実現のために再度クリーニング経営を始めることにしたのです。それが、ミルトンとマイケルのクリーニング店すなわち、ミルト&マイケルの誕生でした。

ロサンゼルス郊外バーバンクの店舗外観

2.リーガル社の買収

1989年、チョートコフ氏は、ロサンゼルス郊外、ディズニー本社ビルのあるバーバンクで当時営業していたクリーニング店リーガル社を買収しました。同社は、日本でも高名なアール・コーレイ氏がプロデュースした店でした。  チョートコフ氏は、同店に隣接するコインランドリー、花屋を買収し、現在の建坪130坪のパッケージプラントを創設したのです。理想の実現を徹底するため、大型の単独店舗にすることは、当初からの考えでありました。

3.実現されていく理想

チョートコフ氏と夫人とは、数十年の以前から、よく理想のクリーニング店のことを話し合っていたといいます。「こんなクリーニング店があったらいいね」ということです。

私は、M&Mの膨大な資料を検証し、またバーバンクのM&M社に訪問した結果、チョートコフ氏の描いたクリーニング業の理想を「顧客サポート業」であると理解しました。

①精神面でのサポート

「クリーニング店にくるお客様は、基本的に憂鬱である」とチョートコフ氏は言います。つまり楽しい夢を抱いてブティックで購入したファッション製品が、すっかりくたびれ果て、あるいは薄汚れてしまったものを、お客様は重く担いでやってくるわけですから、愛想笑いよりも激励の方が重要だと考えたわけです。店舗を明るく楽しい雰囲気にする。コーヒーやドーナツをふるまってリラックスさせる。そんなアイデアを店舗と接客に盛り込むということでした。

 店内に設置されたポップコーンと紅茶サーバーなど

 ②利便性のサポート

お客様は同時に、多様な事情を持つ生活者でもあり、衣生活という24時間暮らしとともにあるものへのサービスは、可能な限り利便性の高いものでなくてはなりません。このことから、休日や早朝、あるいは深夜にクリーニングを利用せざるを得ない人、クリーニングしてすぐに着用したい人なども多くいるはずです。そこで、お正月だろうがイースターだろうが常に開いている年中無休の店とし、通常は早朝6時から深夜11時まで営業するという体制をとりました。また、希望者には、特別料金無しでドライの2時間仕上げ、ワイシャツの4時間仕上げを受け付けることにしたのです。

③衣生活のサポート

「当然クリーニング業は衣生活のサポートじゃないか!」という読者の方がいらっしゃると思います。では、あなたがクリーニング業者として、本当に衣生活のサポートを職業としているのでしょうか?

「落として仕上げるだけ」の仕事をしてはいないのか?ひょっとして「色を落とし、飾りを落とし、糸を落とし」落としてばかりいるのではないか?裏地が解れたまま、虫食いやかぎ裂きを広げてお客様に衣料品をお返ししているのではないかということが重大な問題なのです。

洗って仕上げるだけなら家庭でだってできる時代です。信頼できるクリーニング店に衣類を出したら「すぐに満足して着られるものに仕上がっていなければ何の意味もありません」とチョートコフ氏は言うのです。

このことから「オルタレーション」という新しい業務を本格的に導入しました。「オルタレーション」とは、補修、修繕のことです。実は、このことがM&M成功の最も大きなポイントになったのだと私は思っています。

4.創業10年で300万ドルを達成

M&Mは1 989年に年商30万ドルの創業から、わずか10年でその約10倍である300万ドル(3億円)に売上を伸ばしてきました。

この背景には、もちろん先に述べた「顧客サポーター」としての理解が行き渡ったこともありますが、徹底した販売促進戦略と固定顧客獲得のための様々なノーハウの蓄積があったことも見逃せません。

娘婿のマイケル氏のための再創業でありましたが、残念なことにマイケル氏は、他のビジネスを求めてフロリダへと去ってしまいました。

ミルトン・チョートコフという70歳を迎える天才的なクリーニング経営者が、この宝石のような店舗をいつまで継続させるのかについては多少の不安があります。いつ売却して引退してしまっても不思議ではありません。

過去のハリー・ウェー社のように、経営者が変わると全く違った店になってしまいます。だからこそ、このクリーニング業の夢ある未来を示唆するM&M社の成功の秘密を今解き明かしておかなければならないのです。

 「最初に夢が無ければ何も起きない」と掲示された広告塔